ダロウェイ夫人 「人生、ロンドン、6月のこの瞬間」

丹治 愛 (東京大学大学院総合文化研究科教授)

ロンドンの6月は、緑のなかにさまざまな花々が咲き乱れる美しい季節だ。そして人び とは10時ごろまで暮れない長く美しい一日を思う存分楽しむ。ヴァージニア・ウルフの 『ダロウェイ夫人』(1925)は、そのような6月のロンドンを舞台にした、その季節と同じ くらい美しい小説と言っていい。時は1923年6月13日。その日はちょうど、主人公のクラ リッサ・ダロウェイが保守党の政治家の夫人として、自宅でパーティをひらくことになっている一日である。ウルフがこの小説を書くにあたって影響をうけたと思われるジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』(1922)同様、『ダロウェイ夫人』も朝に始まり夜に終わる1日の物語なのである。

しかしたとえたった1日の物語であっても、その1日の下にはあらゆる過去の1日が地層のように重なりあっている。だから登場人物たちの心の深層にむかってトンネルを掘れば、過去の地層はいつでも彼らの意識のなかに導入される。ウルフは「登場人物たちの背後に美しい洞窟を掘る」ことによって過去を自在に「現在の瞬間」によみがえらせる、みずからが「発見」したこの手法を、適切にも「トンネル掘りのプロセス」と呼んでいる (『日記』)。

こうして1923年6月13日のなかに、登場人物たちの心のなかの「トンネル」をつうじて ふたつの過去があらわれる。ひとつはクラリッサ・ダロウェイが青春時代を過ごした「1890年代初期」のある夏のこと--イングランド西部にある彼女の屋敷に、恋人のピーター・ウォルシュ、旧友のヒュー・ウィットブレッド、夫となるリチャード・ダロウェイ、そして彼女が同性愛的感情を寄せていたサリー・シートン(その後結婚してミセス・ロセターとなる)などが集まっていた夏。そのときクラリッサはピーターをこばみ、そしてリチャードと結婚する決意をしたのだった。夫人のパーティは、その人たちが30年の歳月を隔てて、ふたたび一堂に会する場となる。

もうひとつの過去は5年まえに終わったばかりの第1次世界大戦である。この過去はダ ロウェイ夫人の意識をとおしてもあらわれるが、しかしなんといっても彼女の「分身」 (「モダン・ライブラリー版序文」)としてのセプティマス・ウォレン・スミスを中心とする副筋をとおして提示される。スミスは第1次世界大戦におもむいた若い志願兵で、あの悲惨な塹壕戦のなかで、同性愛的感情でむすぱれていたエヴァンズという名の上官の戦死を体験したのち、戦争神経症という精神病を患っている。1923年6月の現実の背後に、たえずエヴァンズという過去の幻想を透視する彼は、そして現実にたいして「ものを感じる力を失って」しまった彼は、みずからを療養所に隔離しようとする精神病医のホームズとブラドショーの横暴から逃れたい一心で、アパートの窓から飛び降り、みずからの命を断つ。その若者の自殺のニュースはダロウェイ夫人のパーティに出席するブラドショーによって彼女にも伝えられる。『ダロウェイ夫人』という作品は、こうして、ダロウェイ夫人が見も知らぬセプティマスの死をどのようにうけとめたか、という物語となってゆく。

「ものを感じる力を失って」しまったセプティマスと対照的に、ダロウェイ夫人は6月 のロンドン「人生、ロンドン、6月のこの瞬間」--を思う存分に味わっている。彼 女は生を、その一瞬一瞬を、深く楽しもうとしている(「彼女は人生をひどく楽しんでい た。楽しむのが生来の性質だった」)。彼女の目をとおして見た6月のロンドンは、たし かにこのうえもなく美しい。しかしその彼女もじつは深い悩みを抱えている。

ダロウェイ夫人は「52回目の年に入ったばかり」。インフルエンザ(第1次世界大戦後 「スペイン風邪」と呼ばれながら猛威をふるった)のあと心臓がおかしくなっており、ま た夫とは寝室を別にしひとり屋根裏部屋で寝ている。そういったことで彼女は時の無常と老いの必然を感じているのだ--たとえばビッグ・ベンの鐘の音を聞きながら、彼女は 「鉛の輪が空中に溶けてゆく」のを感じている。彼女がいま人生を、「6月のこの瞬間」 を楽しんでいるのも、じつはこのような時の無常と老いにたいする恐怖を背景にしてのことなのである。彼女の見る6月のロンドンの美しさの背後には、「ものを感じる力を失」 わせるかもしれない老いへと人を連れてゆく無常な時への恐怖がひそんでいる。

時の無常を背景にして瞬間をそれ自体として楽しむ--1890年代の人間としてのダロウェ イ夫人の姿は、こういった態度のなかに認められるだろう。たとえばウォルター・ペイターは、『ルネサンス』(1873)の「結論」の末尾で、「過ぎゆく瞬間にひたすら最高の性質のみを与えること、それもただその瞬間自体のために与えることを、芸術は腹蔵なく約束するものだからである」と述べているが、ペイターもやはり、歴史の最終的目的にむかって流れる時間というキリスト教の大きな物語の解体とともにあらわれた時の無常のなかで、歴史の最終的目的との関連においてではなく、瞬間をただその瞬間としてのみ楽しむエピキュリァニズム(快楽主義)を求めたのだった。1872年生まれの主人公をもった『ダロウェイ夫人』には、そのような世紀末的な感性が色濃く反映している。その意味でこの作品は第1次大戦以後の精神の病をえがいた戦後小説の傑作であるとともに、1890年代の精神状況を表現する「世紀末」文学の傑作でもあるのだ。

ダロウェイ夫人はセプティマスの自殺を世紀末的な感性のなかで解釈し意義づけようと する。窓から「飛び降りた(plunged)」青年と「瞬間のまっただなかに飛びこんでゆく (Plunged)」自分とを通ねあわせて、「自分が彼に似ている感じがする--その自殺した 若者に。彼がそうしたことをうれしく思う」と言いながら、彼女はこう述べる「わた したちは生きつづける。[中略]「わたしたちは老いてゆく。だけど大切なものがひとつある。[中略] 毎日の堕落や嘘やおしゃべりのなかで失われてゆくもの。それを彼は守った のだ。死は挑戦なのだ」。

こうしてダロウェイ夫人は、「空中へと溶けてゆく」ビッグ・ベンの鐘の音と同じよう に無常のなかに消えてゆく時に抗して、はつらつたる瞬間を守るために命を絶った(と彼 女が考える)若者に共感をおぼえているのだ。「モダン・ライブラリー版序文」によれば、「セプティマスは第1の草稿では存在せず、本来はダロウェイ夫人が自殺するか、またパーティの終わりに死ぬかするはずであった」という。彼女もまた、無常の時間のなかでこのまま老いてゆく他よりも、「瞬間のまっただなかに飛びこ」むための死を選ぶのだろうか(ちなみにウルフ自身、1941年3月、ウーズ川に飛びこんで自殺することになる)。 しかしパーティの部屋とはべつの小部屋にひとり退いたダロウェイ夫人は、真向かいの家の窓のところに「おばあさんが静かに、ひとりでベッドに入ろうとしている」のを見、その光景を「とてもすばらしい」と感じる。このとき彼女は、たとえはつらつたる瞬間が 「毎日の堕落や嘘やおしゃべりのなかで吸われて」いっても、無常に流れてゆく人生の果てに必然的に訪れる老いにもそれなりの尊厳がありうることを、そのおばあさんの姿のなかに直感したのだ。そしてそういう人生のかたちを受容し、彼女はふたたびパーティの部屋へ--生へ--もどってゆく決意を固める。こうしてダロウェイ夫人は自殺した若者へ の共感をこえて、生きつづけることになるのである。

もともと「時」と名づけられていたこの小説は、1890年代から第1次世界大戦以後にか けてのイギリスの精神風土をえがきながら、老いゆく女性の、あるいは老いゆかざるをえない人間の悲哀を、6月のロンドンを背景にして美しくうたいあげている。

氏の著作 

*このエッセイは丹治愛氏のご好意により掲載するものです。無断転載はお断りいたします。

copyright (c) Ai Tanji & VWW 1999


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