ウルフと精神医学
−神谷美恵子とM・フーコーとの関連において−


小杉 世

概要: 日本ヴァージニア・ウルフ協会編 『ヴァージニア・ウルフ研究』 15号 (1998) pp.1-15
[English]


ヴァージニア・ウルフの病跡研究で知られる精神科医、神谷美恵子は、フーコーを翻訳し、日本に紹介した人物でもある。神谷の業績のこれらの諸相は相互に深く関連し、フーコーをよむ神谷氏の内面には、たえず拮抗するベクトルがよみとれる。本稿は、『狂気の歴史』『精神疾患と心理学』『臨床医学の誕生』に関する神谷美恵子のヒューマニスティックなフーコー解釈を軸に、ウルフとフーコーを比較する。フーコーを読み、翻訳したことが、神谷のウルフ解釈にどのような影響を与えたか、そして神谷のフーコー解釈を敷衍してウルフの読みを展開する可能性を探りたい。

臨床医の立場から思想家フーコーを批判しながらも、神谷はアンチ・ヒューマニズムといわれるフーコーのテクストの中に「ヒューマニズムの契機」をみようとする。神谷は、フーコーがその初期の作品において、人間学派の精神医学の影響を受けていることに親和性を感じ、狂気を「人間性の重要な一面として」肯定的にとらえたとフーコーを評価する。 また神谷は、社会の不適合者として精神病者を疎外してきた近代西洋産業主義社会のあやまちを告発したフーコーに共感した。神谷がフーコーの著作を読み、翻訳する過程において得た狂気観は、狂気の世界の自律性と創造性をとく神谷のウルフ論に反映されている。

神谷は妄想症の癩病患者の症例分析をするときも、ウルフの小説中の精神病者を論じるときも、同じ方法を用いた。患者の世界を内側から再構築しようとする人間学的アプローチとよばれる方法である。これを究極までおしすすめたのが、神谷が晩年、病床で書いたウルフの自叙伝試作である。自殺する直前の59歳のウルフが自らの人生を一人称で語るという設定のこの伝記には、対象とほとんど同化して語る神谷の声をきくことができる。

『ダロウェイ夫人』でウルフが描くのは、フーコーが医療の警察的機能とよんだものに対する批判である。18世紀に国家化された医療制度は「規範的人間」という概念を生んだ。均衡の感覚を万人に押しつけ、狂人を隔離し、イギリスを繁栄にみちびく精神科医ブラッドショーは、まさにその権化である。ウルフはこの「規範的人間」という幻想を破壊し、 正気と狂気の相対化をはかった。

西洋医学の航跡を追って近代化をはかる戦後日本の医療の現場にいた神谷にとって、ヨーロッパの内部において近代西洋文明のたどった歴史を批判的にみつめたフーコーの視点は、自己批判の契機ともなり、日本の精神医学界の将来の方向を模索する指針を与えてくれたのではないだろうか。

本稿は、第7回 国際ヴァージニア・ウルフ学会 (1997年6月15日 Plymouth State College, U.S.A.)の分科会 で発表した内容 "Reading Woolf and Foucault through Kamiya's Eyes" に基づくものである。


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